奥穂-前穂-岳沢(長野)

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同行者 I.
1984年9月14日〜9月17日

9月14日(金)

大阪駅発 21.43(ちくま1号)

9月15日(土) 

上高地着 6.40(朝食) 出発 7.20‐8.45 徳沢 9.00‐9.46 横尾 10.07‐11.00 本谷橋 11.20‐13.00 涸沢ヒュッテ  夕食 17.00 就寝 19.00

9月16日(日)

出発 6.40‐8.40 穂高岳山荘 9.20‐10.00 奥穂頂上 10.15‐11.30 紀美子平 12.05 ‐12.30 前穂頂上 12.55‐13.15 紀美子平 13.30‐15.30岳沢ヒュッテ  就寝 20.00

9月17日(月)

出発 6.35‐8.30 上高地 9.50 〜11.30 松本 15.03 〜 20.00 大阪(しなの12号)


9 月14日(金)曇一時雨
ちくま3号に乗るつもりでホームに並んでいたら、向かいのホームに臨時列車が停車中。見に行くとこれがちくま1号で自由席はガラガラ。4人掛けを1人づつ使って寝る。
 
9 月15日(土)曇後雨
新島々ではいかにもどんよりとした重苦しい雲で、少々気が滅入る。しかし意外に天気は崩れず上高地まで入り、穂高もきれいに姿を見せる。上高地バス停でカップラーメンの朝食中、昨日の大地震の余震有り。ただしIさんに言われても気がつかず。
明神を過ぎるとうんと人が少なくなる。横尾までの平地は、早足の小さな女の子を二人で追いかけて歩いたが結局追いつけず。とばし過ぎて足首が重く痛い感じ。
本谷橋からの登りはこれまでの印象よりずっと急であるが、距離は覚悟していた程もない感じで、昼食抜きで涸沢に着く。ヒュッテに着いたとたんに雨となり、一面のガスで眺めはゼロ。昼食後はすることもなく、昼間から薄暗い部屋に入ってザコ寝。夕方一時雨も止み、ガスも少し上がって稜線が少し見えたが前穂の岩峰は姿を見せず。
ここの食事はシチューや山カケソバもついて、今まで経験した山小屋では五色原以上で最高。ただし寝るときはきゅうくつ。布団3枚に5人。
 
9 月16日(日)雨後曇
夜中からずっと雨音が耳につく。朝になっても雨は止まず、皆起きるのが遅い。
雨の中を出発する。もう少しなだらかな所という印象であったが、思っていた以上に傾斜がきつい。Iさんがなかなか調子出ず、雨の中を休み休み歩く。
ザイテングラードからいよいよ急な登りになるが2時間で奥穂山荘に到着。雨やどりを兼ねて小屋の中でしばし休憩。秋だというのに稜線に出てもいっこうに寒くない。夏と同じ姿でOKだ。
奥穂の登りは小屋を出て最初のうち少し緊張する。頂上も雨のなかで迎え、何も見えず早々に出発。吊り尾根の途中で雨は止み、この尾根は別に緊張する所もなし。とにかく人が少なく、歩いている間はほとんど誰にも会わず。
紀美子平で昼食後、前穂を往復。ここは非常に急で四つばいになる所のほうが多い。頂上で日が照りだし、ここで今日始めて雨衣を脱ぐ。
岳沢までの下りはすさまじい。また、いやになるほど遠く、こんなルートは決して登る気になれない。やはり登るのなら涸沢からだ。
岳沢小屋はガラガラで宿泊客わずか6名。楽しみにしていた風呂もなし。ここの夜は冷えこみ、カッターの下にトレーナーを着込む。しかし今回の山行は全般にあまり寒くなく、長袖の下着やウィンドヤッケは一回も使用せず。
 
9 月17日(月)晴
快晴の中を出発。小屋から少し下った河原で穂高が全貌を表す。下るのが全くもったいない。後を振り返り振り返り下る。小屋を出るときは6人一緒に出発したが、単独行の女の子も先に行き、我々二人は最後になる。
やがて樹林帯に入ると上高地まで穂高の姿は見えず、休憩するような場所もない。梓川の河原でやっと休憩。。上高地ではもう足が痛く、とても散策する元気なし。
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涸沢への登り
涸沢への登り
 
奧穂高岳頂上
雨の奧穂高岳頂上
 
東京の漫才コンビと
岳沢で東京の漫才コンビと
 
河童橋の近くで
河童橋の近くでスケッチ

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