8月10日(土)快晴
朝食を待つ一刻に湿原の方へ出てみると、あたりは白いもやの中で眠っているのにバックの薬師岳が頂きから徐々にばら色に燃え、何ともいえない眺めだ。
これがこの山旅で一番感動した時で、去年の笠小屋で夕暮れの穂高を眺めたときと同じく一つの山行での最高の時間。このすばらしいながめを他人は誰一人として見にきておらず、Yなんぞはまだ寝ている始末。
今日からY君と別れ、気楽なそしてアルプスでは初めてのちょっぴり緊張する独り歩き。まだ完全に明けきらぬ草原を過ぎ樹林帯の登りに入る。前にも後にも全く人影は見えずズボンは朝露でグッショリ。
地図できたない湿原と書いてあるあたりはトリカブト、オタカラコウかメタカラコウなどの群落で冷たい水もあり、振り返れば薬師の大きな峰が立ち上がっており、本当に気持ちのいい湿原だ。
ここから上は急登になるが、尾根筋の雪渓を目指すお花畠のなかで独り歩きもなかなか楽しい。尾根筋へ出ると比較的人が多い。
水晶小屋まではすぐだと思ったのにこの登りのしんどいこと。やっとのことで到達。一休み後、リュックは小屋の前に残して、カメラとジュース1缶握って水晶岳を往復する。
水晶の山頂は岩だらけで、アルプスの中心にあるだけに眺望の良さは抜群。見えない山を探すほうが難しく、赤牛の下には黒部湖も見える。またこの山頂は他に人のいないのがいい。
裏銀座の縦走コースに入ると、日はじりじりと照りつけ日陰は全くなく水場もなし。暑くてたまらない。やはり単なる縦走は真夏向きではなさそう。
小さな雪渓のかたわらを二回通りすぎ、がらがらした道をゆっくり登りつめると野口五郎小屋が眼下に見える。五郎岳はだらだらした感じの山で、頂上がどこかわかりにくい。
空は良く晴れているが水蒸気が多く、遠くの山ははっきりしない。小屋についてから夕食まで退屈する。ここもがら空き。定員7名の部屋に3人で寝る。
8月11日(日)晴後雨
朝、外へ出るとすばらしい雲海。その上に富士、八ケ岳、浅間、他に名のわからない山が二つ、はるか遠くに浮かんでいる。表銀座のコースはすぐそこにはっきりと見える。これほどはっきりとした雲海もめずらしい。
五郎から烏帽子小屋までは、槍とか立山、剣をながめながら朝のスッキリした大気の中を歩いて行くのは気持ちがいい。前方には鹿島の双耳峰も見える。大きな山はたぶん針ノ木だろう。道は下りが多く楽だ。
烏帽子近くにはコマクサが多い。この山行では予想外に早くカラーフィルムを使いきり、水晶の近くに多いイワギキョウ、イワベンケイ、イワオオギなど、どれも撮れず。
赤外に切り替え、もっぱら遠景を狙ったが1/60では手ブレしているだろう。また今日も昨日も形のいい雲がない。
ニセエボシを往復してからいよいよ下りにかかる。たしかにこの坂は急だ。樹林帯の中の休む間なしの急坂だ。やがて沢の音が高くなってくるが音ばかりで、いくら歩いても沢ははるか下方。2時間ほど下ったあたりで、今朝夜行でやってきた連中だろう、大勢の登り客と行き会う。
濁沢まで下るとすぐ近くで大型ダンプが唸りを立てて走り回り、山の中の感じがしない。荷物をトラックに預けてヘルメットをかぶらされ、葛温泉までの自動車道歩きの長いこと。二度と来る気になれない。
高瀬館に着くとグッタリ。満員だといって断わられるのを無理に頼んで、相部屋で泊めてもらう。連れの男は白馬から船窪まで縦走してきた男で、まだ若い。
夜、激しい夕立で停電になり、真っ暗な中、番傘をさして露天風呂につかり、時々光る強烈な稲妻を眺めるのもなかなか乙なものである。